シンセサイザーを使用したサウンド作成には、さまざまなアプローチがあります(その他の合成方式を参照)。シンセサイザーのモデルごとにさまざまな違いがありますが、たいていは、減算合成の原理に基づく基本的に類似したアーキテクチャおよびシグナルフローを採用しています。
伝説によれば、ミケランジェロは、石を削ってダビデ像を作るにはどうすればいいかと尋ねられ、「ダビデの形に見えない部分を削り落とすだけだ」と答えました。
減算合成の仕組みも基本的にはこれと同じで、不要な音声成分をフィルタで取り除くという方法です。つまり、基音と関連する倍音で構成される周波数スペクトルを部分的に取り除きます。
減算合成の手法は、さまざまな周波数スペクトルの波形を生成する単純なオシレータを使用して、アコースティック音源に近いものを作り出せるという考え方に基づいています。信号はオシレータからフィルタに送信されます。これにより、音源本体内の周波数に依存する損失とレゾナンスが示されます。フィルタ処理された(またはフィルタ処理されていない)信号は、シンセサイザーのアンプセクションで経時的に変化します。
実物の楽器が持つ独特の音色、イントネーション、および音量といった特性は、エミュレート対象の楽器の自然な動作に似た方法でこれらのコンポーネントを組み合わせることで、理論的に再現可能です。
ただし、実際には、減算方式のシンセサイザーは、実物の楽器をエミュレートするには理想的なものではないため、合成クラリネットの音を聞いて本物と思う人はいません。EXS24 mkII などのサンプラーで何ギガバイトものサウンドライブラリを使用できる現在は、なおさらです。
減算合成シンセサイザーの本領は、独自のサウンドパレットにあります。
アナログシンセサイザーおよびバーチャルアナログシンセサイザーは、すべて減算合成によって音を作り出します。
大半の減算方式シンセサイザーのフロントパネルには、類似の生成および処理モジュールがまとめられており、加えてモジュレーションおよび制御用モジュールがいくつも含まれます。通常、信号の生成および処理モジュールは、現実のシンセサイザーのシグナルフローに合わせて左から右に実行されます。
シンセサイザーのオーディオ信号は、オシレータにより生成されます。通常、タイプや倍音構成(含まれる倍音の量)の異なる複数の波形を組み合わせて選択します。選択した波形の基音と倍音の音量関係は、基本の音色や音質に影響します。
ここでは、シンセサイザーの一般的な波形の音質について説明します。
クリーンで明瞭なサウンドを特徴とする正弦波には、倍音は含まれず、1 次ハーモニックが含まれます。つまり、これが基音になります。単独の正弦波は、口笛、ガラスのコップの縁を濡れた指でこすったときの音、音叉などの「純粋な」サウンドを作り出す場合に使用できます。
鈍くウッディなサウンドを特徴とする矩形波には、広い範囲の奇数倍音が含まれています。これは、リード楽器、パッド、ベースなどのサウンドを作り出す場合に最適です。また、ノイズなどの別のオシレータ波形と組み合わせて、キックドラム、コンガ、タムタムなどの打楽器をエミュレートすることもよくあります。
多くのシンセサイザーでは、波形周期(パルス)をより角ばったものにしたい場合に、パルス幅変調(PWM)コントロールを使って矩形波を再加工します。波形をより角ばったものにすると、鼻にかかった感じの強いサウンドになります。この方法でモジュレーションした矩形波はパルス波と呼ばれ、含まれる倍音が少なくなります。これは、リード、ベース、および金管楽器のサウンドに使用できます。波形を加工するを参照してください。
矩形波と同様に、三角波には奇数倍音のみが含まれます。三角波の高い倍音は、矩形波の高い倍音に比べて減衰速度が大きいため、三角波の方がソフトに聞こえます。これは、フルートのサウンド、パッド、および「オー」という音声などに最適です。
ノイズは、スネアドラムなどのパーカッションサウンドや、風および波などのサウンドをエミュレートする場合に特に役立ちます。
カラードノイズはほかにもありますが、通常はシンセサイザーでは使用されません。
基本波形を変形させて、新しい波形を作ることができます。その結果、別の音質や音色が生まれ、作成可能なサウンドの幅が広がります。
波形を加工する方法にはさまざまなものがあります。最も分かりやすい加工方法は、矩形波のパルス幅を変更する方法です。詳細については、シンセサイザーの一般的な波形を参照してください。そのほかの波形変更方法には、位相角度の変更、波形周期の開始位置の移動、マルチオシレータシンセサイザーを使った複数波形の結合などがあります。
これらの方法や、その他の方法で波形を変形する場合、基音とほかの倍音との関係が変化するため、生成される周波数スペクトルや基本サウンドが変化します。
減算方式シンセサイザーのフィルタの目的は、オシレータから送信される信号の一部(周波数スペクトル)を取り除くことです。ノコギリ波の華やかなサウンドにフィルタをかけると、鋭い高音域が削られ、滑らかで温かみのあるサウンドに変化します。
大半の減算方式シンセサイザーのフィルタセクションには、カットオフ周波数(多くの場合カットオフと省略されます)とレゾナンスという 2 つの主要コントロールがあります。そのほかにも、ドライブやスロープといったフィルタパラメータがあります。大半のシンセサイザーのフィルタセクションでは、エンベロープ、LFO、キーボード、その他のコントロール(モジュレーションホイールなど)を使ってモジュレーションを実行できます。
フィルタにはいくつかの種類があります。各フィルタは、周波数スペクトルのさまざまな部分に固有の効果を及ぼします。
カットオフ周波数(またはカットオフ)は、その名前が示す通り、信号をカットオフする位置を指定します。単純なシンセサイザーは、ローパスフィルタだけを備えています。このため、20 〜 4000 Hz の範囲の周波数が信号に含まれているときに、カットオフ周波数を 2500 Hz に設定すると、2500 Hz より上の周波数がフィルタされます。ローパスフィルタを使用すると、2500 Hz のカットオフポイントより下の周波数をそのまま通すことができます。
下の図は、ノコギリ波(A = 220 Hz)の概要を示したものです。フィルタは開いた状態、すなわちカットオフを最大値に設定しています。つまり、この波形はフィルタ処理されていますせん。
下の図は、フィルタカットオフを約 50% の値に設定したノコギリ波を示したものです。このフィルタ設定により、高い周波数が抑制され、ノコギリ波のとがった部分が丸みを帯びて正弦波に近い波形になります。音響的には、この設定によりサウンドはよりソフトになり、金管楽器らしさが減少します。
この例から分かるように、フィルタを使って周波数スペクトルの一部を取り除くと、波形の形状が変化し、サウンドの音色が変化します。
レゾナンスは、カットオフ周波数付近の信号を強調したり抑制したりします。下の図は、カットオフ周波数を 660 Hz(約 60%)に設定し、レゾナンスを高く設定した ES1 のノコギリ波の波形です。
このレゾナンスフィルタ設定により、カットオフ周波数付近の信号が非常に明るく荒削りな響きになります。カットオフポイントより下の周波数は影響を受けません。
繰り返しになりますが、全体として、フィルタレゾナンスの使用により基本波形の形状(つまり音色)が変更されます。
フィルタが自己発振を始めるほどフィルタレゾナンスを非常に大きく設定すると、フィルタが正弦波を生成するようになります。
ドライブは、波形をフィルタ処理する際にある量のゲインを波形に追加して(入力ゲイン調整)、フィルタをオーバードライブし、波形に歪みを加えます。この波形の歪みによりサウンドの音色が変化し、ずっと荒削りな音になります。波形の歪みについて詳しくは、波形を加工するを参照してください。
図は、ドライブを約 80% に設定した、フィルタリングされていないノコギリ波を示したものです。波形の周期が、フィルタのダイナミックレンジの下限と上限に接していることに注目してください。
シンセサイザーのアンプモジュールは、信号の音量(ラウドネス)を経時的に制御します。
これを音楽に当てはめて説明するため、バイオリンのサウンドについて考えてみましょう。弦に弓を当てて滑らかにこするとサウンドはピーク(最大)レベルに向かって緩やかに上昇し、一定期間持続され、弓を弦から放すと突然にカットオフされます。それと比較して、ドラムスティックを使ってスネアドラムを叩くと、サウンドは非常にすばやくピークレベルに達し、サスティン部分なしで、すぐに消滅します(ただし、一定のディケイ(ピークレベルからの減衰に要する時間)は存在します)。このように、これら 2 つのサウンドは経時的な特性が大きく異なります。
シンセサイザーは、サウンドレベルの序盤、中盤、終盤を経時的に制御することにより、これらの音響特性をエミュレートします。この制御は、エンベロープジェネレータと呼ばれるコンポーネントを使って行います。
下に示す打楽器の音のオシロスコープ波形は、音量が急激に大きくなってレンジの上限に達し、その後減衰します。オシロスコープ波形の上半分を囲むように描いた四角を、サウンドの「エンベロープ」(レベルを時間の関数として表示した図)と見なすことができます。このエンベロープの形を設定するのがエンベロープジェネレータです。
通常、エンベロープジェネレータには、アタック、ディケイ、サスティン、およびリリースの 4 つのコントロールがあります。これらは、まとめて ADSR と表記されることがよくあります。
通常は、アタックまたはディケイの段階でキーが放されると、サスティンフェーズはスキップされます。サスティンレベルが 0 の場合、キーを押している間も音量が安定しない、ピアノまたはパーカッションのようなエンベロープが生成されます。
モジュレーションを使用しない場合、サウンドは聞いていて退屈で疲れるものになる傾向があります。また、ある種の音響モジュレーションが欠落しているために、不自然で人工的な響きにもなります。最も分かりやすいモジュレーションは、オーケストラの弦楽器奏者により使用されるビブラートです。これを使うと、楽器のピッチに音響アニメーションが追加されます。
サウンドをより面白味のあるものにするため、シンセサイザーのさまざまなコントロールを使って基本的なサウンドパラメータをモジュレートできます。
ES1、ES2、EXS24 mkII サンプラーなどの、多数のシンセサイザーは、モジュレーションルーターを装備しています。
このルーターを使用すると、必要に応じて、1 つ以上のモジュレーションソースと 1 つ以上のモジュレーションターゲット(デスティネーション)を接続することができます。たとえば、以下を含むモジュレーションソースを使用する場合、オシレータのピッチやフィルタカットオフ周波数などのモジュレーションターゲットを変更できます。
ES1 および ES2 を使用すると、コントロール(モジュレーションソース)からサウンドエンジンの一部(モジュレーションターゲット)へ簡単にルーティングできます。モジュレーション機能およびその他のパラメータの使用方法について詳しくは、ES1およびオシレータのオン/オフボタンを参照してください。
ES1 では、ルーターセクションの左または右の列でモジュレーションターゲットを選択することで、モジュレーション経路を指定できます。キーボードのモジュレーションホイールを使って量を調整可能なモジュレーションターゲットを設定するには、左の列を使用します。右の列で選択するターゲットは、キーボードのベロシティに動的に応答します。このモジュレーションの量(範囲)は、スライダに表示される 2 つの矢印(「Int via Whl」および「Int via Vel」)で調整します。上の矢印ではモジュレーションの最大量を調整し、下の矢印ではモジュレーションの最小量を調整します。
ES2 では、列に 10 個のモジュレーション経路が表示されます。最初は調整は難しそうに思えるかもしれませんが、各経路の列は ES1 のモジュレーションコントロールとほとんど同じです。下の図の左側に表示された最初の経路に注目してください。
モジュレーションターゲットは「Pitch123」です。オシレータ 1、2、3 のピッチ(周波数パラメータ)が、(モジュレーションソースの LFO2 の)影響を受けます。
LFO2 がモジュレーションソースです。列の右側にある 2 つの矢印は、モジュレーション量を示します。モジュレーションをより強くするには、上または下の矢印、あるいはその両方を上下にドラッグして、モジュレーションの範囲を拡大します。上の矢印ではモジュレーションの最大量を調整し、下の矢印ではモジュレーションの最小量を調整します。
「via」コントロールは「ModWhl」です。モジュレーションの量(チャンネルの右にあるスライダで設定する範囲)は、キーボードのモジュレーションホイールを使って直接調整できます。モジュレーションホイールが最小値(一番下の位置)に設定されている場合は、オシレータのピッチモジュレーションの量は最小(またはオフ)になります。モジュレーションホイールを上に動かすと、3 つのオシレータすべての周波数は、スライダで設定した範囲内で LFO により直接制御されます。
このセクションでは、大半のシンセサイザーによく見られるモジュレーションソースについて説明します。
モジュレーションソースは、キーボードでノートを演奏する、モジュレーションホイールを動かすなどの、実行した内容によってトリガできます(たいていは実際にトリガされます)。
このため、モジュレーションホイール、ピッチ・ベンド・リボン、フットペダル、キーボードなどの入力オプションは、モジュレーションコントローラ、または単にコントローラと呼ばれます。
モジュレーションコントローラの最適な使用例は、フィルタエンベロープやレベルエンベロープを調整可能な、ベロシティに対する感度を備えたキーボードの使用でしょう。キーを強く叩くと、サウンドはそれだけ大きく、明るくなります。モジュレーションにエンベロープを使用するを参照してください。
ほぼすべてのシンセサイザーが備えているモジュレーションソースが、LFO(低周波オシレータ)です。このオシレータは、モジュレーションソースにのみ使用されます。また、その出力する音は低すぎるため、実際のシンセサイザーサウンドを構成する聞き取り可能な信号は生成しません。ただし、これは、ビブラート、フィルタスイープなどを追加することにより、主要な信号に影響を及ぼします。
一般的に、LFO には以下のコントロールがあります:
一部のシンセサイザーでは、エンベロープジェネレータを使って LFO も制御できます。この手法を使った例として、ストリングセクションのサウンドをサスティンした場合について考えてみましょう。この場合、1 秒程度のビブラートをサウンドのサスティン部分に取り入れるのは効果的です。これを自動的に実行できるなら、両手でキーボードの演奏に専念できます。
一部のシンセサイザーに単純なエンベロープジェネレータが含まれているのは、まさにこのためです。このエンベロープは、たいていはアタックパラメータだけで構成されています。それほど多くはありませんが、ディケイやリリースオプションを含むエンベロープもあります。これらのパラメータの実行方法は、アンプ・エンベロープ・パラメータと同じですが(アンプセクションのエンベロープを参照)、LFO モジュレーションの制御に限定されている点が異なります。
シンセサイザーのメイン・エンベロープ・ジェネレータは、経時的な音量制御だけでなく、キーボードのキーを押したり放したりしたときにほかのサウンドパラメータをモジュレートする用途にもよく使用されます。
エンベロープモジュレーションの最も一般的な用途は、キーボードベロシティやキーボードのスケーリング・モジュレーション・ソースを使用した、フィルタカットオフおよびレゾナンスパラメータの調整です(モジュレーションルーティングを参照)。
このセクションでは、シンセサイザーの全体的な出力信号に影響を与えるグローバルコントロールについて説明します。
典型的なグローバルコントロールは、サウンドの全体的な音量を設定するレベルコントロールです。レベルコントロールの詳細については、アンプセクションのエンベロープを参照してください。
そのほかの主要なグローバルコントロールには、以下が含まれます:
メモ: 一部のシンセサイザーでは、モノフォニックな(一度に 1 つのボイスを)演奏中に、トリガ・モード・パラメータを使ってピッチの低い/高いノートの優先度を設定することもできます。
シンセサイザーにはさまざまなモデルがあり、その中にはサウンド全体に影響を及ぼすたくさんのグローバルコントロールが存在します。